アニかつ&ガル憎の回胴交換日記

結成から19年を迎えるマッパチのアニマルかつみとガル憎の交換日記!

25年前の思い出 from アニかつ

2015/08/03

 

ガイドステーションご覧の皆さま、おはこんちは。アニかつでございます。
さっそくですが、この度、「アニかつ&ガル憎の回胴交換日記~Diary of the MAD PACHI-SLOT」と題しまして、コラムを掲載することになりました。

 

文字通り、私アニかつとガル憎が、あたかも交換日記をしているように、キャッチボール形式で話を展開してゆくといった趣向。期間限定ですが、ひとつお付き合い宜しくお願いいたします。では、スタート♪

 

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拝啓 ガル憎くん

19年、師弟コンビを続けてきて、いまさら交換日記なんて、ちと小恥ずかしい感じもするけど、とりあえず今回は、パチスロ必勝ガイド定期創刊25周年記念ということで、創刊号すなわち1990年9月号が発売された頃の思い出話でもしようかな。

 

 

ぼくは当時、大阪で暮らしていて、十代の頃に始めたバンド活動にいそしんでいました。世の中の景気もよく…そうそう、いわゆるバブルの絶頂期ってやつね。バンドもブームだったもんで、ライヴハウスレベルではまぁまぁ名を馳せていたんですけど。かといって、音楽だけでは大した実入りも得られず、ふだんはパチンコ・パチスロを打って生活の糧にしてました。

 

朝はまず、パチスロのモーニングを取りに行き、取れなかったらデジパチの「午前中はノーパンク」というサービスを利用して粘れるだけ粘り、それなりに浮いたらパチスロで勝負…というのが、当時の立ち回りの基本だったね。

 

…ん? 「モーニング」とか、「ノーパンク」っていっても、いまの若い人にはわからんか。モーニングは、あらかじめビッグのフラグを立てておき一発で揃えられるという、当時のサービスの定番。ノーパンクっていうのは「無定量」って意味で、当時のデジパチはラッキーナンバー制が主流だったもんで、どの図柄であたっても持ち玉遊技できるのは、ほんとにお得でしたな。

 

なんせ生活がかかってるもんだから、パチンコを打つことの方が多かったな。ハネモノも甘かったからね。デジパチは、フィーバーレクサスの朝イチ単発回し連チャン誘発打法とか、攻略ネタがたくさんあったし。

 

 

パチスロは…というと、バニーガールやウィンクルがメインといった、2号機のオーソドックスなAタイプがメイン。ライターネームの由来となったアニマルは、いまでいうところのハーデスやミリゴ神々の凱旋みたいな存在だったな。そうそう気軽に打てるシロモノではなかったね。

 

 

そんな感じで、オフステージのほとんどをパチンコ店で過ごしてい当時24歳のおニイサンなんだけど、ガルちゃんはその頃、どんな青春時代を謳歌してたのかな? たぶん、まだ高校生だったと思うけど…まぁ、もう時効だし、色々と懐かしい話、聞かせてちょんまげ。

 

では、宜しくね~!!