2020/04/27
空港内の、じきに夏だってのに寒々とした空気感が漂う喫茶店で、急ぎ原稿を仕上げようと、ノートPCを広げた私の耳に飛び込んできたのは、おそらくこの世で最もくだらないお願いだった。
「ごめんなさい。ホントにごめんね。お願い、許して。ダメ? そんなこと言わないで。ねえ、ねえアタシ、知らなかったの。よっちゃんが吉野家が好きだって、ホントに知らなかった。だから松屋買ってきちゃったの。次は吉野家買ってくる。だから許して。ねえお願い!!」
辺りをはばかることなく電話で必死に謝るその女子は、もしや彼を、あるいは夫を裏切る行為に及んでしまったのだろうかと途中から、無関心を装いつつ、左の耳をダンボにしていた私がバカだった。事の発端はよりによって牛丼かよと、吉野家を買ってこなかったアタシを許してって、キミキミどんなお願いだよと頭をかいたその時、電話を握りしめる女子の目元に、この世で最も尊い液体が見えた。
苦みが余韻を残すコーヒー。透明感のあるアイスティー。琥珀色のウイスキー。そのどれよりも美しい液体とは、言わずもがなの涙である。
涙の力を侮ってはいけない。コイン補給に手間取る女子店員の涙は、憤りを思いやりに変え、悪さに気付いたお母さんの涙は開き直りを反省へと変える。また、坂本九の涙くんさよならが流れた途端、それまでイケイケだったジャグ連も止まるような気がするじゃないか。
だからと私がワンワン泣いたところで、締め切りは決して延びないのだから、とりあえず落ち着け、頼むから静かにしてくれと、心の内で女子にお願いしたトムラなのでした。
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