2020/06/22
深夜、渋谷でタクシーに乗り込み、シートにぐったりと背を預けたまま大きく息を吐くと、白髪の運転者が静かに口を開いた。
「お仕事の帰りですか」
返事を待たずに運転手が続ける。
「ワタシはね、この仕事を初めて…もう30数年になりますか。長いこと渋谷界隈を転がしてますが、この街は変わらないですね」
街並みは変わったでしょう。
「街並みは変わりましたね。ええ、変わりました。お客さんの言う通りです。ただね、ほらワタシ30年以上転がしてるでしょ。この街で深夜にタクシーを拾う若い人は、昔も今も変わらないんですよ」
というと? あっ、すいません、タバコ吸っていいですか。
「どうぞどうぞ。寒いでしょうから、窓開けるのは少しでいいですよ、少しで。昔からね、元気な子っていうのは終電でパッと帰っちゃう。不思議なもんですね。この時間にタクシーに乗る子は、大体どこか疲れてるっていうかな、小さい背中に色んなものを背負ってる子なんです。この間も若い…そうだなぁ、年の頃は二十歳やそこらですか、風俗の仕事を終えた茶髪の女の子が乗りましてね。そうそうお客さん、ほらワタシ30年以上転がしてるでしょ、風俗やってる女の子は匂いで分かりますね」
ミラー越しにうなずいて見せた。
「その茶髪の女の子がね、どうも辛そうな顔してたんで、『どうしたんだい』って声を掛けてみたんです。そうしたらね、ポツポツと語り始めましたよ。『近頃、指名が少なくて稼げない。でも指名が増えたら増えたで乳首が黒くなっちゃいそうで恐い。おじさん、アタシはどうしたらいいんだ』ってね」
ちょっと笑った。
「笑っちゃいますでしょ。でもねお客さん、その子にしたら笑い事じゃないんですよ。だから、うんうんって話だけ聞いてたら、降りる時にその子は言いましたよ。『おじさん、話したら楽になったよ』って。笑顔で降りていきましたよ。だからねお客さん、ため息ついてないで、辛いことがあるなら話してみちゃあどうですか。大丈夫、悩みを我慢したって吐き出したって、お代は運賃だけで結構。お客さんの顔みりゃ、悩みがあるのは分かるんですから。ほらワタシ30年以上転がしてるでしょ」
肉を食い過ぎて苦しいだけなんだよなぁ…。そうは言えずに仕方なく、ポロリのことを少しだけ話した。
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